黒瀬珂瀾「世界は一曲の能に――水原紫苑『世阿弥の墓』書評」





 世阿弥の墓と称されるものは、京都の大徳寺真珠庵に実在する。かつてこの寺の住職を務めた一休宗純が、佐渡に流された世阿弥が都に帰還できるよう尽力したため、その地に墓が伝わっているのだという。非公開なので一般客がその墓を見ることはできないし、それが本当の「世阿弥の墓」であるのかどうかの確証も乏しいように思うが。
 水原紫苑の第六歌集は題を『世阿弥の墓』という。無論、著者が「あとがき」で記すように「墓」とはオマージュの意として使われており、実際の墓とは関係がない。むしろ、世阿弥に墓など存在しないことを逆説的に訴えかけているようにも思える。
 今までも能をテーマした短歌や、世阿弥を詠み込んだ短歌は数多く生まれているだろう。しかし、一巻を通してひたすらに世阿弥に向き合い、その宇宙との感応を繰り広げた本書は空前の試みと言える。百首の内、十首余を除いたすべてを書き下ろしたこの歌集は、一冊の歌集であると同時に、ある主題に基づく一つの連作とみなすこともできるだろう。
 本書において、百首はいくつかの連に分けて構成されている。その中には「花伝」のように十数首からなるものもあれば、「みず」や「春」のように一首からなるものもある。一、二首のみの連が続くときも交えて、それらの短い連が並び行くさまは、まるで謡いが緩急をつけて繰り広げられるような印象を与える。歌の外部からの演出による繊細な緩急が、一巻をリズムよく読み進めることを可能にさせる効果を及ぼしている。


  恋の座は乞食(こつじき)の子が奪ふなり心せよとぞ花はうたへる

  元雅を失ひしのちきみが手のあふぎに憩う白き鳥はも


 この歌集は「序歌」十首によって幕を開ける。世阿弥の生涯を時間列的に追った一連であり、得難きものをふんだんに得て、そして失っていく世阿弥の姿が描かれる。


  <白鳥、花をふふむ>一瞬にして白鳥はもつとも蛇に近づくならめ


世阿弥曰く「白鳥花を含む、これ幽玄の風姿か」。その一瞬において白鳥が「蛇」に近づくとは、正反対の解釈のようでありながら、「芸」の持つ深淵を実に上手く言い当てているように感じる。「序歌」にあるこの一首こそが、『世阿弥の墓』一巻の底を流れる意識のごとくに思えるのだ。
 「序歌」においては世阿弥を遠く眺めていただけだったが、「花伝」では世阿弥に向き合う「われ」の様相が浮かび出ている。


  申楽にあらずも非道を行じをり壮年世阿弥に打たれむとして


 ただ世阿弥を眺めていて済む領域から遠く来てしまった「われ」の像を描くことにより、本当の意味で舞台は始まる。


  童形の幽玄くらきひびきもつ新世紀にて犬生みにけり

  序破急はなべてに在るも交合の序破急こそは根源ならめ


世阿弥との交感を経て「われ」は犬を生む予感を得る。それは、女性の性の目的と見なされる出産を転化させることであり、その根源としての性の序破急を見定めることでもある。
 その後、舞台は世阿弥の残した能曲の世界へと続く。


  筒井筒差し入る月は何見けむ想ひ欠けゆくおのがいのちか

  手におもき砧よ砧 衣(きぬ)を打ち きみ打ちませばやすからましを


前者は「井筒」、後者は「砧」から。能曲の世界と直接的に繋がっているからであろうか、歌としての力はいささか弱いように思える。構成上、能曲に言及した歌が必要であることには同意するので、これらの歌の飛翔力の乏しさは惜しむべき点ではないだろうか。


  『エロディアード』囚はれの水よ世阿弥知らばいかに舞ふべし
  無文(むもん)の舞を

  <世界なす書物>のごとき一曲の能、いまだ世阿弥の
  書きつつあるらむ


 そして、「われ」の夢想を仲立ちとして、フランスの詩人マラルメと世阿弥の出会いが描かれる。マラルメが「世界は一冊の書物に到達するために存在する」と言ったように、世阿弥も「世界は一曲の能に到達するために存在する」と述べるのかもしれない。世阿弥との交感ののちに世阿弥の曲を巡り、そしてここまで来たのを見て、読者は世阿弥が「われ」にとって一つの小宇宙に止まらず、時空を越えた存在として「歓喜」と「絶望」を体現するものであることに気づくだろう。それはとりもなおさず水原紫苑自身の世界観・芸術観を示していることとなる。ここに集中の一つの絶頂がある。また、この二首のみ二行書きとなっている。これは単なる書籍制作上の処理だけではないように思うのは深読みだろうか。東西の芸術家への呼びかけが、改行によりより印象深くなっているように感じるのだが。
 これより後、世阿弥の生誕から死を辿る形の構成となる。そして、世阿弥の「死」の謎へと心を寄せる「われ」が物語に介入してくることで、本書は一気にクライマックスを迎えている。
 最後、「佐渡」の一連は本書前半の「花伝」一連との照応することで、世阿弥への敬慕から始まった「われ」を巡る旅から、また世阿弥への旅に繋がる円環を成している。『世阿弥の墓』は帯にあるように「<人間>世阿弥の足跡に挑む」というよりは、世阿弥に託して「われ」の存在を問い直す歌群であると読むことができないだろうか。


  世阿弥恋ふる旅にしあれど金山の枯れしこがねの独白きこゆ

  面(おもて)ひとつたづさへ来たる配流とは月を抱(いだ)ける常世の旅か

  時鳥わがまだ知らぬ夏の声禁ぜしうたを解きし世阿弥は


 世阿弥を恋いて彷徨う旅にありながら、枯れた金の輝きを秘める山々の囁きを聴かざるをえない「われ」。「枯れしこがねの独白」は滅びながらも時空を越えて連綿と存在しつづけるものたちの苦しみに他ならない。その苦しみを心中に秘めつつ旅上に思うことは、現世を旅する「われ」と常世を旅する世阿弥の対比であり、その常世から「われ」に対して禁呪を解く世阿弥の姿である。


  不死ならむ世阿弥とたれか言はざらむ佐渡の同行二人恋ほしも


 しかして、世阿弥から解かれた「夏の声」はいまだ遠い境地にしか響かない。その声を求めんとして、「われ」は同行になりえぬ同行を、女として永遠に求め続けるのである。それは苦しみの現世を旅するある歌人が舞う姿そのままでもあったのだ。





■初出:「短歌」9月号(中部短歌会、2004)
■水原紫苑『世阿弥の墓』(河出書房新社、2003・9)



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